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2016年3月

2016年3月25日 (金)

横顔

一番桜の声を聞くころ

三寒四温という言葉がなくなりつつある今

今日はやたらに冷たい風が吹くある一日を迎えた

かわいい声と和やかな空気の中

かわいい子供達と新米ママたちの横顔を見つめている

目・眉毛・体つき・持ってる空気・・

とっても似てるたくさんの横顔に微笑む

三月も残り少なくなったある日 子供達の節目の儀式に立ち会う

私も目頭が熱くなる

何十年?もまえ 私も主人公だった

子供の成長に おもいっきり涙を流した 

もともともらい泣きをするタイプである

人は親になって初めて気づくことがある

毎日は仕事や家事に追われていて

時に自分のスケジュールをこなすのにいっぱいで我が子も目に入らなかったり

 我が子の声に耳を傾けてあげられなかったりした

きっと ここの並ぶ人たちもみんな それぞれにうちに帰れば私には見えない暮らしぶりが

ある

人それぞれの環境の中で それでも 小さい存在である大切な子供に

大きな愛をもって育て見守ってあげたいものだと思う

親も子供を通していろんな体験をさせてもらっている

親もまた成長途上だなぁ…と思うから

この原石ともいえる子供を磨いて 光らせてあげたいものだあぁと・・

日の当たるところでお水も養分も与えてじっくり育てていきたいものだなぁと・・

2016年3月17日 (木)

旅立ちの日

いつもと変わらない朝が来た

でも今日は。。彼らの卒業式

三月のある日・・ 旅立ちの日は良いお天気になった

簡単ではなかった道のりに目を背けていた大人たちは

時間を押しやってここまで来た・・感じ  もいなめない

なんでも芽はちいさいうちに

見守ることも大事だけれど 見落としていけないタイミングもある

問題は小さいうちに・・

大きくなって手におえなくなってからでは 修復も大変だ

人とのかかわりはデリケートだ

でも正直に熱意をもってあたれば 分かり合えることが多いように感じている

それでもだめなときは その人との価値観が違うときだ

残念ながら分かり合えない間柄という人も稀にいる

きっと歩いてきた道があまりにも違うんだろう

それとキャパが狭い人なんだと思う

今日は暖かい三月のある日

旅立ちの日だ

小さいと思っていた子供たちがまたひとつの大きな節目を迎える

子供から大人への多感な時期を

まだ尖った心に

きらりと光る真実と夢と希望をもって

見えない未来へ

不確かな肉体と頭と心を揺らめかして

一歩を切る

仲間と呼べる友達や 近所の駄菓子屋のおばちゃんでもいい

誰か話を聞いてくれる人が 誰かほほ笑みをかけてくれる人がいたら

その子の 未来が救われるかもしれない

行く道に咲く小さな花を綺麗と思う

青空を行く白い雲を見上げて大きく息を吸う

そんな彼らであってほしい

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