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2011年9月

2011年9月30日 (金)

愛はみえない

愛がみえない

愛はみえない

大きすぎる愛は

見えない

両手につかめない

暖かい愛はみえない

愛は計れない

あまりにも軽やかで

空のように広く

海のように深く

風のように軽やかで 自由な

愛はみえない

*愛・・恋愛の愛でなくて 博愛

羽を休めて・・

青い空

美しい森

小枝に青い葉は

静かに 光を浴びて

呼吸している

澄んだ空気

穏やかな全てに

風は

羽を休めている

今日と言う日に

出番などない

水辺へと

木々へと

お花へと

あなたの肩へと

羽を休めて

今日と言う日を

見守っている

2011年9月29日 (木)

九月の終わり

遠く青い山 

霞む姿に

おぼろげに裾を広げる

目の前に広がる海は

胸騒ぎがするほど波音が高く

打ち寄せる波 

引く波にも

何かを奪われてしまいそうな

初秋の最期の一ページ

エメラルドの海

掻きまわす白いしぶきも

うつろな心に耳触りな波の音

そして青に溶けないエメラルド色の海水

真っ青な海が恋しい・・

台風の残骸が横たわる松林の小道を

歩き ゆけば

間から覗く海の姿に

夏の海は

もう いない

ほら空も知らない顔を

している

ある日

静かに佇む青い山々

見下ろす風景は湖面に浮かぶ船が

小さな波を立て進む

送り出される ひとコマ ひとコマの動きが

まるでスローモーションで

音の無い絵画のような風景

雲の無い青い空の下

澄んだ空気と降り注ぐ光の粒が

私の瞳の奥に広がる

書 (いつもの)

書  (いつもの)

2011年9月25日 (日)

秋の七草「クズ」     サライより

秋の七草「クズ」

七草も彼岸同様、春と秋それぞれにある。

春の七草はセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロで、一月七日

に食す七草粥の食材とされる。

一方、秋の七草はオミナエシ、オバナ、キキョウ、ナデシコ、フジバカマ、クズ、ハギ。

春の七草と違って花が愛でられるがその名が食材や薬として、広く活用されているものも

ある。それはクズだ。風邪薬として知られる「葛根湯」は葛根とよばれる乾燥させたクズの

根が主原料となっている。食材として用いられるのは、クズの根を叩いて何度も水にさらし

て精製した澱粉だ。

家庭ではクズ粉を葛湯として食することが多い。

クズ粉は葛根ほどの薬効はないものの、体を温める効果があるとされ、

消化がよいので胃腸が弱っている時の食事としても的している。

葛湯のする時は、水を加えて弱火にかけ透明になるまで練ると粘りけや甘味がまして

美味しくなり、消化にもよい。

また、汁物や炒め物にとろみをつけるなど、片栗粉の代わりのも使える。

クズ粉は保存がきくので常備しておくと便利だ。

「吉野葛が有名ですね・・

くずきり・・っていうお菓子もありますね。

冷やして黒蜜をかけていただく・・美味しい。」

2011年9月24日 (土)

9月24日 晴れ

 台風が行って

 秋の空気に入れ替わった

 空の水色も少し醒めて

 空気の薄い冷たい温度を感じる

 オレンジ色の日暮れ時も

 少しOFFかげんのオレンジ

 輝きがマットな感じ・・

 秋色の青

 秋色の白

 秋色の草木の緑も添えられて 

 儚い空

 少し寂しいよそゆきの空が広がる

2011年9月22日 (木)

 悲しみよ こんにちは

 泣きたくなるくらい きれいな夕陽に

 暖かい あなたの心が

 遠くから吹いてきた

 何にも 不安もないように

 両手でつかめないほど

 大きな 不確かな 確か

 だけど とても暖かい

 ありがとう

 

ある日のさよなら

ある日目の前に突然広がる景色

頂上の見えない山道をずっとずっと登りつづけていた

突然広がる視界に

そこは全く別天地だった

果てしなく 心が枯れている風景

こんなにも青空が綺麗なのに

こんなにも透明な風が流れているのに

心配はいらない

透明人間にもなりえない

幸せも祈れない

見守ることさえできない

開いた一冊のノートから

活字が水に溶け

蒸発していく

想い出も存在してはいけない

記憶からも抹消しなくてはいけない

風に飛ばせ

地球の果てまで

さようなら

今日の空

今日の空
今日の空

2011年9月20日 (火)

栗のお話

 「栗の実の落ちる音にも動く秋」    現代川柳 ・松本益恵

古くは天武天皇の頃(682~679)山城国の栗林村に天皇みずから栗を植え、

 それが繁殖し、明治維新前まで年々朝廷に献上されていたとか。

 さらに次の持統天皇七年(693)三月には

「桑、からむし(イラクサ科の多年草)、梨、栗、蕪菜などの草木を勧め植えしむ。

 以って五穀を助くなり」と日本書記に記されている。

さつま芋の旨さを表す言葉に「栗よりうまい十三里」があります。

栗(9里)より(4里)うまいとなるわけですが、いえいえ、、栗だって美味しい秋の味覚。

 栗は縄文時代から食されていたと考えられています。

鎌倉時代には出陣を前に、勝栗が膳に載りました。

勝栗はもともと「搗ち(かち)栗」とかきます。搗つは臼で(うす)で搗く(つく)ことで

栗の実を殻ごと干して臼で搗いてからと渋皮を取り除いたものです。

「勝」の字を当て

縁起のいいことから、戦国時代には勝利の祝いに用いられ、今も受験や選挙の成功を

願うものとなっています。

料理では蒸して焼いて、甘露煮、栗おこわ、また、マロングラッセやモンブラン、栗きんと

ん、栗羊羹などのお菓子も。

ヨーロッパでは焼き栗の屋台が秋冬の風物詩となっています。

栗の町といえば、長野県の小布施町が有名で、存分に栗の味覚を楽しむことができます

ほんのり甘くふくよかな森の恵みですね。

           「サライ」より

           「暦」の本より

私は栗ご飯も、栗羊羹などの和菓子、モンブランなどの洋菓子も好き・・

2011年9月18日 (日)

またね・・

  

   渡り鳥は

   風まかせ

   時まかせ

   自由に

   大空へ

   そろそろの

   頃合いを知っている

   磁石を体内に

   風の流れ

   時の流れに

   しばし 

   羽を休めている

   電線の上

   友と

   語らい

   しばし

   時を忘れる

   仰ぐ空の向こうには

   待っている空がある

   もしかして

   「幸せになりたい」なんて

   羽ばたいていくのかな?

   深い深い海の中

   泳いでいくのかな?

   泳いで 泳いで

   新しい空に着く

   幸せの使者なのかな・・

   燕尾服来て

   もう一度 やってくる

   またね・・

2011年9月16日 (金)

ひとひらの恋 (創作)

どこからか  降ってきた ひとひらの恋

春の終わりの花びら ひらり

雨粒纏って 静かに 沈んでいく

どこからか 降ってきた ひとひらの恋

夏の香りを運んでくる風

青い空 

暮れなずむ群青の空 

漆喰の満天の空

五色の短冊 キラりと光る

一番星に願いを込めて

季節はめぐる

どこからか降ってきた ひとひらの恋

暑い(熱い)風と強い日差しの中で

生きる厳しさと愛しさを知り

雨の怒り 風の怒りと

神様の心模様に惑わせられながら

終わらない夏を

感じながら

どこからか降ってきた ひとひらの恋

そよ風が優しく頬をなで

気がつけば

季節はめぐり

恵みの秋に

稲穂が揺れています

静かに 月光を浴びながら

2011年9月13日 (火)

気ままに・・

●「一筋の風」

一筋の風 

ふわっと 吹く

柔らく 爽やかに

あなたのところへ

一筋の風

ふわっと 香る

草の香 花の香り 

纏いながら

季節はめぐり

あなたのところへ

一筋の風

ふわっとささやく

ときめきの鼓動をのせて

音楽のように おしゃべりのように

あなたのところへ

一筋の風

ふわっと ふれる

くちびるに詩

掌に 一握りの愛を ぎゅっと握りしめて

あなたのところへ

●「灯り」

ロウソクに火を灯す

微かに揺れながら

静かに照らす光

心の中が ぽっと暖かくなる

手と手をつないだような

暖かいぬくもりが

変わらぬ母の愛のように

波打つことなく 静かに

 あたりまえに

照らしつづける

2011年9月12日 (月)

夜の足音

静けさの中にも

聞こえる音

耳のそばで

頭の中で

シーン・・・と

それは 静寂の音

暗闇の中にも

星の瞬きは一粒の雫のように煌めき

月の光は ひたひたと水の流れのように

静かに照り 染み入る

そして 私は優しい夜に 

包まれて

夢の中へ

おやすみ❤

2011年9月11日 (日)

今日の雲

今日の雲

暦の本から・・月見

旧暦八月十五日は「中秋の名月」。

新暦の日付では年によって九月ハ日から十月七日までを移動する。

この日は、古くから十五夜の「月見」の習慣が。

もともとは中国からの伝来で、日本本来の月見は九月十三日とも。

「雲折々人を休むる月見かな」     芭蕉

月見は二つの意味を持つ。

一つは、暦がなかった時代に、月を頼りに農事を行ってきた名残の、「収獲祭」の風習。

十五夜は農事の大切な節目。

各地で盆に似た行事が行われるのは、そのためだとも。

「しみじみと立ちて見にけりけふの月」     鬼貫

月は「雪月花」の一つとして、古くからしばしば歌に詠まれてきた。

「万葉集」にはおよそ百八十首が。

「天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ」 万葉集 ・柿本人麻呂

「玉兎」「月の柱」「月宮殿」「月の船」などの異名が多いのは、いずれも月の世界の生物や

暮らしを想像したもの。

文学では「竹取物語」のかぐや姫の十五夜の昇天が知られる。

「をのが身はこの国の人にもあらず、月の都の人なり。それを昔の契ありけるによりなん、

この世界にはまうで来たりける。」

かぐや姫が、育ての親である竹取の翁に告白する場面である。

2011年9月10日 (土)

心模様・・

あなたは今頃

何しているの?

「おおーい風・・」

マントをひるがえして ひとっとび

私を一緒に マントに乗せて あなたのとこまで 

つれてって

神様みたいに 頭上から

あなたの暮らしを 

 のぞいてみたい

あなたは今

何を想っているの?

「おおーい 風・・」

マントをひるがえして ひとっとび

私を一緒にマントに乗せて あなたのとこまで

つれてって

ノック ノック ノック

心の扉をノックしたら

なんて返ってくるのかな?

「どなた?」

「ま~だだよ」

「今 忙しいんだよ」

あなたの心を染めている

色は何色?

あなたは今何を想っているの?

2011年9月 9日 (金)

暦の本から・・草の露白し

八月節白露の初侯

新暦九月八日から十二日頃

白露が、本格的な秋の到来を告げる季節。

草に降りた露が白く光る。風がなく晴れた日の夜は、地上が冷えるため、

次の朝美しい露の結晶が見られる。

六月の夏至の頃に比べると、一時間近く日没が早い。

日ごとに夜が長くなり、朝晩の気温が急激にさがる時季でもある。

「草ごもる鳥の眼とあふ白露かな」       鷲谷 七菜子

とりとめもなく・・

今日は 時折 襲ってくる睡魔に やられ

時に 深い眠りに引き込まれてます

夏の疲れが少しで始める頃・・

頑張った夏 はりきった夏でもないのに・・

うつら うつらと・・

少し暗くなり始めた頃に聞こえる

虫さん達のハ-モ二ー

残る夏と秋が入り混じって

蝉さんの声 + 鈴虫さんの秋の音色が響きます

大空のキャンバスだって夏の入道雲と秋のすじ雲が同居しています

そして 湿気のある風がふわっと白粉花の香りを運んできたりして

ある時は爽やかな頬をなでる秋風だったり

そして 見あげれば 少し潤んだ瞳みたいな朧月夜・・

そんな 季節が動く・・・

そんな中にいます

2011年9月 8日 (木)

重陽の節句と食用菊・・・サライより

 「六日の菖蒲(あやめ)。十日の菊」という諺がある。

時季に遅れて役に立たないことを意味して、5月5日の端午のせっくと9月9日の重陽の節

句に由来する。

端午の節句には菖蒲、重陽の節句では菊を飾るのが習わしとされ、その翌日に飾っても

意味がないことから生まれた諺だ。

節句は中国から伝わった習慣で、端午の節句は今も広く知られているが、重陽の節句は

忘れ去られたような感がある

重陽の節句では長寿を願い、菊を飾って、キクの花びらを浮かべた酒を飲むといった風

習が平安時代頃からあった。古来中国では菊は長寿をもたらす薬とされ、漢方薬にも用

いられている。

一方日本では江戸時代頃から食用菊が栽培されるようになったといわれ、菊の花を食す

る習慣は現在も残る。秋が旬の食用菊には、悪玉コレステロールを抑える働きがあるとさ

れる成分が含まれ、ビタミンやミネラルなども含む健康的な食材だ。

少量の酢を加えたお湯でさっと湯がいて、おひたしや酢の物のしたり、天麩羅にして美味

。秋の一品として味わいたい。

*私はそれほど美味しいと思いませんが、季節の記事なので取り上げました。

2011年9月 6日 (火)

久しぶりの青空&半月

今日はおよそ 一週間ぶりの青空

ホントに懐かしいくらいの大空でした。

台風12号の被害による爪跡が痛々しいばかりですが

今年は自然災害により多くの方の命が奪われてしまい

心が痛い思いです。

・・・そんなわけで、一週間ぶりくらいの青空、嬉しかったです。

そして、帰りがけ見上げたお空には半月が浮かんでいて

こちらは平べったい平面的な白いお月さまでした。

なんとなく、今日は空を見上げて ほっとする情景でしたので

安心しました。

どんなことがあっても明日という日がきて

それがものすごいきれいな青空だったりします。

散々たる状況だったり情景だったり 悲惨な状況であったりしてもです。

そういうところに無情を感じたり  救われたりもして

矛盾を感じながらも やっぱり 歩いて行くんだなあ・・って思います。

最近、少し疲れているのか よく眠くなります。

ちゃんと布団に入る前にも うとうと・・としてたりして 

今日、知人からあさってある軽い夕食つきのお話会に誘われました。

たまには偉い人のお話を聞いてみるのもよいか・・とも思い、 お伴することにしました。

自分の生きてる世界・・って結構狭いと思うので たまには違った空気に触れてみる

のも良いかもしれません。

反面、ちょっと緊張し面倒臭いんですが・・

今日はとりとめもなく 綴りました。

鈍い頭で  なんちゃって短歌・・文法も関係なく書いてます

   青空は 清んだ心の 爽やかさ 鰯雲浮く 秋空高く

   野の花も 秋を想って しのいでる 残暑厳しき 9月の青空

   何処までも 線路は続いて いるんだね 各駅停車の 鈍行の旅

   秋風が 優しく頬を かすめてく 明日に続く 想い紡いで

2011年9月 4日 (日)

走り書き2

1.

<抱きしめる>

山の神が見守る里

美しい緑の木々

こだま響く深く青い山々

可憐な花々が広がる野原

海の神が見守る広場

さざ波光る水面に 朝陽 夕陽が美しく

青と白のレースの波がずっと続く砂浜

大海原を行く 揺れる小舟

ああ美しい 自然の中に

ちっぽけな自分をおいて

両手いっぱい広げ

地球をぎょっと抱きしめる

優しく 力強く 

あるがままの姿で そこにいる広がる世界を

2.

<大雨>

地に打ちつけるように

落ちてくる雨

滝のような雨が全ての音をかき消してしまう

白く煙る雨足

雨  雨  雨

頭の芯は麻痺し

思考は停止し

心はマドラ-でかき混ぜるように

ぐるぐると 不安とおそれが溶けあって

ザワ ザワ ザワと・・

こんな大雨はキライ

2011年9月 2日 (金)

Typhoon

あなたは誰?

キャサリン?

カトリ―ヌ?

No.10 No・11 ?・・・NO.12?・・

台 風太 ?それとも  台 風子?

あなたのこと みんな注目しているのよ 

あなたの行く手を よまなくちゃ

かまえなくちゃいけないわ 

こんなにみんなを困らせて

何が不満だというの?

こんなにみんなを振り回して 

何か要求があるの?

優秀なネゴシエイターを送ったら

うまく交渉に応じてくれる?

みんなを巻き込んで

良いことはないのよ

はやく 心鎮めて 

はやくお帰りなさい 

空の 彼方へ

◎ちょっとおかしな詩になりました・・

微かな傷

右手の薬指 微かに残る傷跡は

幼い日の想い出

そんな ほとんど見えない傷跡も 

時に 鮮明に時を越え蘇ることがある

そんな風に

自分の心の傷も

…突然何かの拍子に蘇ることがある

風に乗って 匂いに乗って 

空の色が変化する時

風や水や空気が動いた時

ふっと

私の心の中に閉じ込められていた遠い日の想いが緩やかに

心の扉から流れてくる

まるで ゾンビみたいに

生き返り そしてまた 帰っていく

ちょっと苦しい

そして ちょっと せつない

そして ちょっと 残酷

自分自身の傷みというより

誰かを傷つけてしまった…という自責の念だろうか

それとも後悔だろうか…

…自分の心を責めてくる

きっと 自分が思うほど 人は

気にしてないのかもしれないのに

思い出すこともないのかもしれないのに

ちくっと痛い心 

ジグゾ―パズルの最期の1ピースが当てはまらないから

永遠に終わらない

そんなほろ苦い記憶

せつない想い出

私はそんな傷みを遠くの彼方へ捨ててきた

だから なにもなかったように 

日々が流れていく

この薬指の傷のように

見えないほどに薄く 溶け込んでいる

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