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2011年8月

2011年8月31日 (水)

走り書き

「・夏の終わり

 夏の光がこの地から離れ

 波のうねりも大きくなり

 砂浜のはしゃいだ歓声も遠くへ

 そして

 誰もいない海になる            」

「・眠り

 頭が空っぽで

 すこしモヤモヤがかかって

 瞼も睫毛のパチパチも

 すこし重くなって

 スローモーションで幕をおろす

 心地よい疲れと

 心地よいひと時に

 無駄な抵抗はしない

 夢の中へ 

 おやすみ                 」

2011年8月30日 (火)

隠元の話・・サライより

 隠元(1592~1673)は江戸時代の僧侶。

 中国福建省の出身で、臨済禅(りんざいぜん・中国の禅宗の一派)を修める。

 64歳のときに来日し、黄檗宗(おうばくしゅう)を開く。

 隠元が建立した黄檗宗の本山、萬福寺(京都府宇治市)は、中国風の寺院として知られ

 ている。

 隠元ゆかりの食べ物といえば、インゲンマメがあげられる。隠元が中国からもたらしたと

 されることからその名があるが、実際にもたらしたのはフジマメとも言われる。

 インゲンマメはカリウム、カルシウム、ビタミン(B1、B2、B6)鉄分、食物繊維などの

 栄養を多く含んでいる。隠元は82歳の長寿を全うしたが、自らがもたらしたインゲンマメ

 のおかげともいえるだろう。

 インゲンマメは荒れた土地でも栽培できるため、、日本全国に普及した。

 隠元がもたらしたのはインゲンマメだけではない。

 スイカやレンコンも隠元がもたらしたものといわれる。

 また、隠元は寒天の名付け親でもある。「寒晒しのところてん」と言う意味だ。

 インゲン、寒天などを食べ、隠元の健康長寿にあやかってみたらどうだろう。

 

*インゲンマメは私は油揚げと煮る、茹でてマヨネーズで食べる、

 シンにして野菜と一緒にお肉をまいて炒める、サラダなどに・・します。

 夏場のお弁当に 緑の葉っぱを入れづらくなる時、重宝してます。

 私は油揚げと煮るのが好き!寒天も海藻だからとってもヘルシー

 トコロテン大好きですが、東では(私のところは中部ですが)、お醤油に酢の味ですが

 西の方では・・甘いと聞きましたが? 所変われば・・ですね。

秋を待つ・・

めぐりゆく季節の中

まだ見ぬあなたへ

手紙を書きます

小さな秋が そこ ここに 

息をひそめています

夏の名残の光も

どこか 鈍い輝きになってます

何処吹く風も 少し秋色

ほんの少し 空も高くなって

お日様も早く店じまいしはじめました

もうすぐ もっと 夜が長くなって

お月様を眺めて 心落ちつく夜が

きます

虫の音が静かな夜に

メロディーを奏で

川面に揺れる月が

静かにさざめきます

2011年8月28日 (日)

いつもの

いつもの

2011年8月27日 (土)

暦の本から・・秋の虫

「鈴虫」「松虫」「きりぎりす」「蟋蟀こうろぎ」の鳴く季節。

夜が更けると、いちだんとその鳴き声が澄み、秋を感じさせる。

「すずむし」は、「リーン、リーン」という鳴き声から、その名が。

秋の虫としてはかなり早く、八月前から現れる。

「月鈴虫 げつれいし」とも。

「鳴き疲れたる鈴虫と共に寝む」 樋笠文

「まつむし」は叢や林に生息、雄が「チンチロリンチンチロリン」と、この時季優美な声を

響かせる。万葉の頃には、「まつむし」と「すずむし」の呼び名が逆になっていたとか。

「夕月夜、野を分け行けば、葛の葉の、高きあたりに、松虫のなく」与謝野鉄幹

「きりぎりす」は「ギ―ッ・チョン、ギ―・チョン」と土用のころから初秋にかけて現れる。

鳴き声に区切りがあるため、古くは「機械虫」とも。「金琵琶」の異名も。

「下手虫のちよんちよん機をおりにけり」  一茶

「こうろぎ」は畑や草の間、縁の下、石の下などで、初秋から、長い時は霜の降りる頃

まで、寂しげに「りーりーりー」と鳴き続ける。

種類は多く、普通「こおろぎ」というのは「つづれさせこおろぎ」のことである。

「こおろぎうつつに素肌をひたす もらい風呂には過ぎた宵」現代都々逸・永野五番丁

たくさんの秋の虫が、一度に鳴く様子を「虫時雨」とも。

思いつくまま・・

シアワセの記憶

愛をいっぱい受けて育った者は

やっぱり 愛をいっぱい注ぐという

愛されるって

とっても幸せなことで

また 愛をもって誰かを愛する

だから

愛が広がってゆく

愛は地球を救う・・・ナンテ!

いっぱい いっぱいの愛でこの世が満ちていたら

戦争だって起きないだろう

聞くところによると 不幸にして

年間5万人の自殺者がいるという

児童虐待のニュースも時折TVに流れる

介護の世界でも信じられないような話を耳にすることがある

どこかで迷って?しまったのだろうか

どこかで見えなくなってしまったのだろうか?

・・・・でも、愛するって大変?

植物を育てる時も 水やりもお日様の光も大切で

土の中の栄養分もある・・

それぞれの環境でそれぞれの遺伝子を持って

この世にやってきて

人それぞれがいろんな種だとしたら

それぞれが それぞれの芽をだして 花を咲かせればいい

それが個性なのだから

物事、多数派と同じだと安心するけど 人それぞれだから

本当は人と違ってあたりまえで・・

自分でこれでいいっていう心になれば

いいんじゃないかと思う

高望みしすぎたり コンプレックスを持つと

気になるもので・・・もちろん上をみる、前に進む、向上心や努力は大切だと思うけど

必要以上に自分に課すことはない気がする

場合によっては違う土に植えかえ もっと光が当るところに

そうすれば生き返ることだってあるかもしれない

・・・って思うのは結構歩いてきた道のりが長くなってきたからかな?

若いってそれだけで美しい.・・

若いってそれだけで刺激的・・

磨けば輝く未来がある

でもワインの熟成したような味は やっぱり 時間というものが必要で

ひとっ飛びでは 美味しくならないんじゃないかな

なんて

なんとなく 見つめ直すお年頃なのか

こんなことも考えてみたりする

秋・・

毎日 不安定なお天気が続き 大きな雨 小さな雨 雷雨 曇り 晴れ 

傘をさしたり  つぼめたり 自転車を置いてバスで移動したり 忙しいです。

今日は頭もぼんやりしているし 心がおちつかないので

詩も浮かびそうにありませんから

「秋」をテーマにした作品を並べてみます。

 秋きぬと目にはさやかに見えねども

        風の音にぞおどろかれぬる    

                             藤原敏行

    秋

「昨日まで燃えてゐた野が

 今日茫然として、曇った空の下につづく。

 一雨毎に秋になるのだ、と人は云う

 秋蝉は、もはやかしこに鳴いてゐる、

 草の中の、ひともとの木の中に     」

                  < 秋  中原中也  >

2011年8月25日 (木)

暦の本から・・秋の雲

「セミのぬけがらつまめば割れて 夏も別れの鰯雲」

                             現代都々逸・葛西三保

秋の雲は、鱗雲、鰯雲、鯖雲。いずれも氷の結晶からできる「巻積雲」の異名。

高度は五千メートル以上である。

ウロコグモは、さざ波を思わせる薄く小さい雲の塊が空一面に広がる。魚の「鱗」に似てい

るため、その名が。

それより少し大きい塊になると、イワシが群れているように見えることから、イワシグモ、

またサバの背の斑紋に似ることからサバグモの名が。

漁師が、空を見て天候を予測したことからどれも「魚」の文字が当てられたとも。

「なほ上に鰯雲ある空路かな」     高浜年尾

秋の雲は比較的短い時間で消えてしまう。変わって現れる雲が、白または淡い灰色

の「高積雲」。ふさふさした羊の毛を思わせることから「羊雲」とも。

 移動性高気圧の端に多い雲で、たとえば関東の空にこの雲が現れれば、低気圧は

千~千五百キロ西の黄海か東シナ海あたり、ほぼ二十四時間後に雨の確立が高い

という。

暦の本から・・・桔梗

「きりきりしゃんとしてさく桔梗かな」

                            一茶

 日本のほとんどの地方、また、東アジアの広い地域に分布。

 日当たりの良い場所を好む。

紫色の可憐な花姿が、初秋の山野でいちだんと目立つ。

 秋の七草のひとつだが、万葉集の山上憶良の古歌では、キキョウはアサガオとして

詠まれている。

「萩の花 尾花 葛花 なでしこの花 女郎花また藤袴 朝顔の花」  

                                万葉集・山上憶良

 注)「尾花」は「ススキ」のこと。花の穂が獣の尾に似てるため、この名がついた。

その後、漢字をそのまま音読みに「キチコウ」、「キキョウ」になったとか。

森川許六の「百花ノ譜」では、キキョウをこんな風に著している。

「桔梗は、其の色にとられリ。野草の中におもひかけず咲き出でたるは、

 田舎の草の土に、よき娘見たる心地ぞする。」

蕾が愛らしい。小さな紙風船を思わせる。

  

「桔梗の花咲く時ぽんとい言ひそうな」      加賀千代女

花言葉は「変わらぬ愛」「誠実」。

2011年8月24日 (水)

今日は夏空

朝から蝉の声が賑やかな今日

空も もくもくと入道雲がいっぱい

そして 久しぶりに 青い空

少し秋を感じられる日々が続いたと思いきや・・やっぱりまだ残暑厳しい八月です。

昨日、今日とお休みでしたが、あ~っと言う間にお終いに近づきつつあります。

そして、今、外は結構激しい雨が降ってます。

夕方から降り始めた雨・・ホントにシャワーほどの小雨だったのに、

今、雨音も大きくなってます。

昨日はスローモーションで一日をなんてことなく過ごし、

今日は・・それでも、絵を描いたり、夕方から映画 シャンハイ も観て来ました。

なかなか重い・・というか深いというか・・そんな作品でした。

俳優さんがそれぞれに美しく、渡辺謙さんもやはり国際派俳優なんだなあ・・と独特の

存在感を示してました。

太平洋戦争前夜の出来事をドラマチックに描いていましたが、

戦時下における揺れ動く時の流れの中で、いくつかの男女の愛が翻弄されて

悲しいけど究極の愛・・かなあ・・などど考えさせられました。

ひとりの人間のしょっているというか着飾っているもの全てを取り去ってしまったら・・

何が残る・・?ってもしかして、愛・・なんて

照れくさいことを考えちゃいました。

でも、そんな純粋な愛に生きる・・のは今の時代ではむずかしいかも・・

自由でいろんな価値観がある時代でありながら実際はナカナカなんでもあり・・っていって

片づけられない事って多いのかもしれない。

ま~、こんなで一日が終わります。

絵も来月一つ作品を出すことになっているので、描いてます。

今日は少し色をつけました。

ブロンズの像で女性が手を広げて立っているところなんですが、単色で、できているし

バックも想像力で描こうと思っているのでオリジナリティーがものを言うかも・・

何だか、自分の好き勝手に描いているので、これでいいのかな~なんて

よくわからなくなってます。

今日はあとはお掃除して、映画に行く前に久しぶりにカレーを作って出かけました。

なんてことなく、でもゆっくり過ごすというのが贅沢と言うか、嬉しい連休でした。

2011年8月23日 (火)

夏の日の想い

この想い 

マーブル模様の淡いピンク

コーヒーに入れたクリームみたいに

優しく溶けて

あなたのもとへ

ゆらりゆらり

時のまにまに

          この想い

          砂浜でみつけた

          綺麗な貝殻

          潮風が運んだ

          ハーモニー

          煌めくさざなみ

          光る海

          打ちよせる波と引いていく波のように

          今を抱きしめて

          あなたのもとへ

          ゆらりゆらり

          時のまにまに

          

          

この想い

夏の夜の

線香花火みたいに

輝きが幾重にも

華を咲かせて

煌めいて

トキメク心が

火の玉みたいに

ふるえてる

しずかに踊って

ぽとりと落ちた

夏の夜の夢

・・・

あなたのもとへ

ゆらりゆらり

時のまにまに

2011年8月22日 (月)

せつない・・

片思い・・ 気持ちが届かないのがせつない

心が離れてしまった人をまだ 思っているのも・・せつない

知恵の輪のリングをはずせないから

ゲームオーバーにならないのも・・せつない

好きな人にやきもち やくのも・・せつない

それから 体の芯が熱い程 恋焦がれるのも・・せつない

ようするに どうにもできない想いが・・せつないというのかな

胸きゅん・・

だと、知恵の輪のリングは除外・・

走り書き・・

「心地よい風

星の無い空

家路を急げば

闇に包まれた風景も

まだ眠るには早い 

灯りの向こうには

憩いのひと時

スイート スイート ホーム

それぞれのシアワセの棲家

さっきまで降っていた空

しっとりと 全てを 

包みこみ

少し足早に家路をいそぐ

私のほんのり染まる頬が

少し熱い」

「こころをこの地の果てまで飛ばしてみたら

 何か見えるだろうか

 こころをこの空の天上の向こうまで 弾ませてみたら

 何か見えるだろうか」

自分でも何が言いたいのか・・よくわかってないみたい・・

ちょっと分裂気味かな?・・

2011年8月19日 (金)

静かな雨・・

今夜の雨は静かな雨

しっとりと 音もたてずに

闇夜に消えていく

なんとなく 心細いような

いたずらにはしゃぎたい気分でもなく・・

みんなそれぞれの家路に急いでいる

ひとつのことに向うのに

いろんな方法や手順があるけれど

人それぞれに

いろんな癖や好みもあって

人生もしかり 何でも 

物事を進めるって簡単じゃないって思う

まして、 心をあわせて取り組んでいかなければならないことって・・ね

だから、たとえはおかしいけど、どんな関係でも、相思相愛だと・・

スムーズにすすむわけですよね・・

友人、親子、恋人同士・・・仕事仲間も・・

苦手意識のある人と一緒に事を進めるのって大変です。

今日はそんなことを考えながら・・

自分自身の至らなさとか、どうにも変えられない諦めにも似た流れを受けとめなくちゃなら

ないことに、少し寂しい気持ちになりました。

それから、大人になるってことは・・充分、いい年なんですが、

結構、年をとっても恥をかいたり、中には、厚顔と言われるお面を被って生きてる

生きざるを得ないのかな~なんていう事もあって・・そういう方もいらして・・

良い大人もなかなか辛い・・と言う事がある様に思います。

自分の事ならともかく、人と人、心を合わせるってなかなかむづかしい・・

特に、主義が違う方と・・ずっと、交われないことだってあるって

つくづく感じます。

気持ち良くつき合える方は大事にしなくちゃ・・って思います。

特に、大人になるとイヤでも利害関係でつながっている・・なんてこともあるでしょうから・・

私は単純だから、なかなかそんな器用なことはできないけれど・・

大事なことと引き換えに手に入れていくこと・・ってあるのかもしれませんね。

今日はちょっとセンチメンタルに考えちゃいました。

でも、これが・・性格的に続かないんです。悩みを続けるってことが・・

まあ、お気楽なんですかね?それとも、それほど悩むことでもないのかな?

こんな風に書いているうちに少し気持ちが整理できました。

まあ、前向きに、無駄な努力でなく、建設的に明日を考えていきたい・・と思ってます。

今日はどこかに寄り道する気にもならなくて・・まっすぐ、でも、小雨の静かな夜の中を

歩いてきたのでした。

荷風送香気

ここ数日、頭に言葉が浮かばないので

心に残った文章をご紹介します。以前、興福寺に行った時に購入した本から・・

● 多川俊映さん の本から そっくりそのまま引用します。

「夏のさかりには、各地の園池やお堀では、蓮の花が咲き誇る。

その上を吹く風は清々しく、はなはだ品のよい香りを運んできて、ひと時、暑熱を忘れさせて

くれる。

その情景が、--荷風、香気を送る、である。

唐の孟浩然の漢詩の一句にある。念のためにいうと荷とは蓮のことで、荷風はその上に

渡ってくる風だ。

荷風と言えば、日本の伝統文化を顧みない風潮を嫌った永井荷風が想起されるが、それ

はともかく、蓮の香りは、実に微妙である。けっしてシャシャリ出て自分を主張したり

しないーー。

花弁に顔を近づけても、ほんのり甘い香りだから、荷風が運んでくる香気は、もっと幽かだ

それを、このように受け止めた感性は、なおざりにできない。

それと言うのも、近年は、すべてがギトギトして強烈なのだ。

刺激は次第に強くなり、それに慣らされて、私たちもまた、いっそう強い刺激を求める・・

そうした世相で何より心配なのは、人の心の理解だ。

何が微妙かといって、私たちの心ほど微妙なものはない。

それをあれこれ忖度するには、微かなるものへの鋭敏な感性がカギなのだ。

この一句の秘めるものは、小さくない。」

2011年8月17日 (水)

立秋は過ぎたけれど・・

毎日暑いですね~

ホントに暑い!

そんなにデリケートな私でもないのですが、珍しくものもらいになったり、

湿疹ができたりして・・夏に負けてます。

でも、気持ちは元気!だから大丈夫・・

しかし、昨日午後より、職場の冷房が故障、今日電気やさんに来ていただいたけど

夏季休暇で部品が発注できず明日以降の段取りに・・

しばらくは団扇を仰いだり、時々、私自身が冷蔵庫に入ってヒンヤリ、クールダウン

してます~

さて、暦の上では立秋を過ぎましたが、暑さの真っ盛り・・と言った感じでしょうか・・

暑い盛りに涼しい風が立つ頃。

「涼風が立つ」・・なんとも、爽やかで美しい表現ですよね~

この暑さがあるからこそ、特に涼しく感じる風のこと・・・

昨日の続きで*暦の本から*

●「涼風の曲がりくねつて来りけり」    一茶

気温は盛夏と同じでも、風の色合いや雲の姿などの季節の匂いから、忍び寄る

秋の気配がかすかに感じられる頃。

●「秋たつや川瀬にまじる風の音」   飯田蛇笏

立秋後の暑さは、「残暑」に。

「秋暑」(しゅうしょ)

「残る暑さ」とも。

●「秋暑き汽車に必死の子守唄   中村汀女

「残った花火の散らばるままに

 更けてまたたく蛍かご

 秋はぽとりとポストにあって

 灯りがめっきり白くなる」         現代都々逸・佐々木草吉

  「つくつく法師」

オーシツクツク、オ―シーツクツクの鳴き声が夏と秋の境から。立秋を告げるセミ。

古くは「うつくしよし」「つくしこいし」とも。

 「つくつく法師という蝉は、つくし恋しといふなり。

筑紫の人の旅に死して、この物になりたりと、世の諺にいへりけりし」 鶉衣(うずらころも)

                                          百虫譜

すきとおった羽が特徴。体は暗い黄緑色。

「秋風に殖えて(ふえて)は減るや法師蝉」              虚子

2011年8月16日 (火)

暦の本から・・寒蝉鳴く

●寒蟬鳴く

7月節立秋の二候

新暦8月13日~17日頃

「寒蟬」(かんぜん)は「ヒグラシ」、また晩夏から初秋にかけて鳴く蝉のこと。

哀調を帯びた「かなかなかな」という鳴き声から「かなかな」とも。

実際には、まだ暑い盛りなのだが、夜明けどきや夕暮れ、また雨の後など

気温が低い時涼しげに鳴くため、いっそう秋めいた風情を感じさせる。

「晩蝉」(ひぐらし)とも表すのは、夕刻鳴くことが多いためとか。

「ひぐらしの声紗のごとし日暮れ谷」    秋山幹生

ひぐらし、法師蝉、ちっち蝉など晩夏初秋に鳴く蝉を「秋蝉」(しゅうせん)とも。

「かなかなと涼しそうなは蝉ばかり」  現代川柳・戸倉求芽

2011年8月14日 (日)

通り道

通り道

風のとおり道

街の中をゆく風は

止まる場所がない

いく筋もの道をめぐって

どこかへ消えていってしまう

ひとしく並んだ街路樹の間をぬってゆく風と

海からのしょっぱい風が

ちょっと出会った

・・・

こんな暑い日は一言も交わさず

「ふっ」と・・・すれちがう

深い山や野に咲く可憐な花々に

ちょっと佇んでみたい・・と思ったりして・・

過ぎし日々 遠い空 遠い自分 を 想う

 人は皆

 歩いてきた足跡を消すことはできない

 喜びや悲しみや憂いさえも

 その時 生きた 過ぎし日々 遠い空 遠い自分が

 記憶の彼方で生きている

 一枚一枚の写真のように

 その場面 場面

 その一瞬 一瞬の輝きを持っている

 その一瞬の輝きをひとこまの風景の中に集めて

 想い出の小箱にそっと詰めよう

 永遠に止まることのない 時の流れの中 

 怒り・・苦しみまでも手放して

 優しいまなざしで見つめることができる

 そんな 日が いつか訪れるから・・

 あの時の空の青  あの時の風の香り

 あの時の雲  あの時の笑顔 

 あの時の声 あの時の光 

 あの時の瞳 あの時の涙

 その一瞬の輝きをひとコマの風景の中に集めて

 想い出の小箱に

 そっと 詰めよう

 そして 過ぎし日々 遠い空 遠い自分に会いたくなったら

 そっと 小箱の蓋を開けて

 あの時に 会いにゆけばいい

「私に足りないこと・・

 それは、前ばかり見て歩いている

 足元も結構見えてなく、過去はほとんど振りかえらない

 イケナイ事だと思う・・

 気持ち的には完全燃焼・・

 だから 振りかえらない

 きっと 痛い部分から目をそらしているのかも

 か細い自分は好きじゃないから

 消したい記憶は閉じ込めてしまうのかもしれない

 時には振り返ってみることも大切なんだと 

 遅ればせながら 気づく・・」

2011年8月13日 (土)

月夜

今日の月夜は

かぐや姫を思わせるような

綺麗な八月の満月にちかい月

朧月夜でした。

かぐや姫が月の国の人で

お迎えが来て、天に昇っていってしまうそんな感じの夜空でした。

羽衣の衣装を着ると、いままでの俗世の気持ちを忘れてしまう・・という

しばし、何か歌を書きとめ、お別れの言葉を残します。

なんとなく、かぐや姫の心情がわかるような気がします。

幻想的な夜空に明るい黄みを帯びたお月さま

霧がかった雲が透けたベールのようになって

神秘的な静かな光が染み入るように

照らすのです。

とりとめもなく・・

毎日 とても暑い・・

風も生ぬるかったり、時には水分をいっぱい含んでいるような風が肌にまとわりついて

ちょっと重かったりする。

こういう湿気が多い、そして暑いのと・・気温の差や気流の具合で最近のゲリラ豪雨は起

こっているようですね。

向日葵の花も昨日の帰り道に見た光景は、首を項垂れているような感じで、ぐったりして

ました。

まだまだ暑さが続くのかな~きびしい~

お盆で帰省ラッシュ心配されましたが、それほどでもないようですね・・ETC1000円も

なくなっちゃったし・・

東北に帰省する方もいらっしゃったり、それぞれの故郷で向える方・・

円高で近場の海外へ行かれる方もいるようですね。

ちょっと、羨ましい・・

なんとなく、言葉が出てこないので、とりとめもなく書いてみました。

仕事では、販促の部分で少し動いてますが、もうじき、ホントに役員さんをバトンタッチ

できると思うので、今のうちに形をつけておきたいところもあります。

・・と言っても、販促の委員会はそのままなので・・楽しくやっていきたいと思ってます。

又、秋か冬に日帰りバス旅行を考えたい・・という話も出ています。

お出かけは好きなので、可能ならいろんなところに出かけたいと思ってます。

では、今日はこのへんで、おやすみなさい。

2011年8月12日 (金)

仏桑花

仏桑花
ぶっそうげ
ハイビスカス

2011年8月11日 (木)

コクリコ坂から・・

コクリコ坂から

見える景色

光る海に いくつもの船がたたずんでいる

朝陽に輝き 夕陽に輝いて 

入江は 母のように 船を抱いている

信号旗は

丘の上の海の見える場所で

いつも いってらっしゃい と おかえりなさい

のメッセージをはためかせて 

優しく見守っている

変わることなく 時を超えて

どこまでも 

時には暗い海の中を

航海する時もあるでしょう

時代の波にのまれて

嵐の日々を過ごすこともあるでしょう

遠い遠い ところへと

大事な人を残して

行くのは

また帰ってくる場所があるからかな

希望という航海と 

明日という日がある限り

風に信号旗は一生懸命揺れてるのかな

*昨日、お休みだったので、ホントに久しぶりに映画館に足を運びました。

 私は水曜日は時々、映画を観に行きます。

 ちょうどレディスデイで1000円というお得な料金ということもあります。

 会場がくらくなると、す〜っと眠りに入っちゃう時もあります。

 ちょっと疲れてる時なんて・・

 昨日は出だしがほんのちょっと頭がぼ〜っとしてたから・・

 主には海と俊の爽やかな恋物語をベースに、それを取り囲む人達や時代が流れて

 いて、映画の最初はメトロノームの心地よい音、それから、「上を向いてあるこう」

 その他、谷山浩子さんの歌など、時がゆっくり流れていて、でも新しい波がきているそん

 な時代、ちょっと早足になっていく・・そんな時代に

 PUREな心とまっすぐなマナザシで生きてる青春・・そして、昔、青春だった大人

 も、やっぱり気持ちよい心いきを持っていて・・・素適だなって思います。

 ・・・なんて、えらそうに・・時々、コクリコ坂というよりコックリしてた私ですから

 ちょっと読みが違うかも・・しれません

2011年8月 9日 (火)

蝉時雨の立石寺(サライより)

 サライより引用

芭蕉の名句「閑さや岩にしみ入る蟬の声」を生んだ地が、山形県にある山寺こと、立石寺    

(りっしゃくじ)です。実は芭蕉は当初、立石寺を訪ねる予定はありませんでした。

一度訪ねてみたほうがいいと、周りの人々に薦められ、予定を変更して訪れたのです。

立石寺は平安時代の高僧・慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)により開基されました

。凝灰岩(ぎょうかいがん)の岩肌と木々、そのなかに堂宇(どうう)が点在しています。

山門から奥の院までは1015段の石段。

名物の力こんにゃくで腹ごしらえをして歩きましょう。

境内には芭蕉と曽良(芭蕉の弟子)の像や、ゆかりの蟬塚などがあります。

ところで私たちが知る先の名句が誕生するまで、芭蕉は推敲を重ねたと言われています。

初案は、「山寺や石にしみつく蟬の声」

さらには「さびしさや岩にしみ込む蟬の声」と。

名句は一朝一夕には出来上がらないことが分かりますね。

さて芭蕉が聞いた蟬の声とは?ニイニイゼミだったというのが定説です。

2011年8月 8日 (月)

歩み・・

昨日までの歩みは

今日へとつながり

今日生まれた出来事は 

その日を飾り

また 明日へとつづく

月日は流れ

季節はめぐり

いくつも年を越して

ちいさな日々が

歴史となって重なり

昨日から明日への申し送りを

てのひらの中に ギュッと 握りしめて

今・・という  瞳 で

広がる世界をみつめている

今 ここに私がいること・・

に感謝して

今 ここにあなたがいること・・

に感謝して

明日へと

歩きつづける

いつもの

いつもの

2011年8月 7日 (日)

  行方・・

 貝殻に耳をあてると

 潮騒の音

 青い空と

 青い海が

 つながりそうな

 よく晴れわたった日に

 遠くの遠くの

 空と海が交わるところに

 想いを馳せて

 わたっていく

 ひとすじの風

          昼下がりのうたた寝の

          おいてきぼりになったような

          ぼんやり霞むひと時に

          思い出すのは

         春の海辺の

         松林の間を歩いた道

         どこまでもつづく

         青い海に

         レースの白い縁取り                                                                                                                                   

        優しくささやく潮騒の音

        心地よく頬をなでる風

        どこまでもつづく砂浜に

        足跡を残しながら 歩き続ける

         遠い記憶の彼方へ

          

 

2011年8月 5日 (金)

なんとなく・・

           なんとなく

           うれしくて

           なんとなく 

           さみしくて

           なんとなく

           たのしくて 

           なんとなく

           そわそわして

           なんとなく 

           すぎてゆく 

           まいにちに

           なんとなく

           あなたの

           えがおを

           おもう

           おやすみなさい

2011年8月 3日 (水)

八月のある日

    青い空は ひろく

    綿菓子をほどいたような

    薄い雲がいっぱいに おしゃべりしている

    夏の陽は生命を力強く包み

    風は優しく明日の行方を探している

    八月のある日は

    私を優しく包み

    心の中に こぼれおちた 一滴の雫が

    静かに波紋のように広がり

    それは 神様のきまぐれ?

    偶然というタイミングで

    出会いというシナリオで

    今という 心の水面が

    あなたの色に染まる

    

    

金比羅さんと神椿

金比羅さんと神椿
金比羅さんと神椿

(香川へ)・・・その3

さて、本日も晴天なり・・

お日様が高いところに上らないうちに・・宿をでました。

金毘羅さんの参道沿いにある旅館でしたので・・

とっても動きやすいスタートだったと思います。

宿で長い杖というか、棒を貸していただいて長い階段を登っていきます。

ミ~ハ~ですが、御本宮まで行って「幸せの黄色いお守り」・・を求めなくては・・

と急な階段を一歩一歩進み・・しっかりお参りしました。

海の方まで見える景色をぐるりと見渡し・・Uターン!絶景でした。

まだ早い時間でしたが、実はお宮さんは午前5時からやっているそうです。

境内にある「神椿」という資生堂パーラー・レストランがガイドに載っていて、

美味しそうなパフェがあったのでもう、少しで9時OPENを待って、

ナント!朝からパフェを食べちゃいました。

和風仕立てのお餅も入った抹茶のアイスに餡も入っていて美味しかった~

このお店の壁が陶壁画で素適な椿が一面に描かれていて・・田窪恭治さんという有名な

ア―ティストの作品だそうです。

白と青、青と白の色合いがとても素適です。

レストランでお食事もしてみたい気がします。

ぐるりとお参リした後だったので、第一回めの休憩タイム・・

それから、併設の高橋由一さんの油絵、それから、丸山応挙の襖絵なども

観て、入口で帰りは「私のところで買ってね・・」と約束したオバサンのところで

神美代飴という、扇の形をした「五人百姓」という命名のべっこう飴を買って・・

旅館のおじさんに駅まで送ってもらって琴平をでました。

駅ではかわいい感じの電車「ことでん」が待っていたので、乗車して、「栗林公園」まで・・

ゴトゴト、のどかな風景の中揺られていきました。

さて、栗林公園駅で降りた私は駅隣にあるレンタサイクルで移動することにして

軽やか?にスタートしました。

高松ってレンタサイクルが充実していて、カード一枚つくれば、100円で一日楽しめる

ので、そして、いろんなポイントで乗り捨てられるのでとっても便利ですね。

そんな訳で思いきって栗林公園から高松へは自転車で移動することにしました。

そう、そう、栗林公園ですが、松がいっぱいあって、広くて、資料館など観るところが

結構あります。そして、「掬月亭」でお茶とお菓子をいただき、素晴らしい景色の中、

池や緑や鳥が休んでいる姿などを見ながら、しばらくゆっくりしました。

それから、自転車でお隣の駅約徒歩8分という郷土料理のランチを目指して走った

のですが、なかなかどうして、道がわからなくなってしまい・・親切に教えてくださった方も

わからない感じで・・タイムリミットで「せいろあなご飯セット」は諦めました。

それで、商店街をきょろきょろしながら歩き、「はなまる うどん」で2回目の讃岐うどん

を味わったのでした。

ここでは下足天、温泉卵をトッピングして冷やしでいただきました。

讃岐うどんって・・なんともこのコシのあるとこがいいですよね~美味しい

それから、それから、高松駅の方向を目指し走らせ、まだ明るい道を「玉藻公園」を目指し

て行きました。高松城・・海水を引き込んだ水城なんですね・・美しいお城(城跡)ですね。

帰りはサンライズ瀬戸に乗り込むまで、まだまだ時間があったので、フェリーの近くの

古い倉庫を利用して営業している若者向けのショップなど見て、

レストランもよさそうだったけど・・まだまだ早過ぎちゃうし・・少し若い世代の方が

楽しむところかな・・OLや学生やカップルが・・って感じでした。

まだまだ時間があるので、思い切って夕食は有名店に行こうと商店街のはずれにある

「天勝」さんという和食の老舗店に行きました。

「べえすけ」という瀬戸内海で育ったアナゴを使ったお料理が有名だそうですが・・べえすけ

の一本揚げは3,4人分みたいなので、さすがに、やめて、アナゴの焼いた押しずしと海鮮

カルパッチョにしました・・

そして、ここでも、普段、飲まないからと(最近はつきあい以外は控えてます)

地ビールの「空海」と美味しそうな梅酒をいただきました。

ちょっと時間かせぎってとこもあります。

そして、駅近くでショッピングをして、サンライズ 瀬戸に乗り込みました。

なかなかカッコイイ姿の電車でした。私は個室のBでしたが・・やっぱり、なかなか寝付けま

せんでした。

早朝、寝過ごさないようにしなくちゃ・・なんて思うと尚更です。アラームもあるし、

車掌さんも、ノックしてくれるのですが・・

そんな、こんなで私の四国行きは幕を閉じました。

*長い なが~い 文章におつき合いくださいましてありがとうございました。

 我ながら・・・・疲れました。

 

2011年8月 2日 (火)



丸亀から

丸亀から
丸亀から

2011年8月 1日 (月)

    (香川へ)・・その2

さて、早朝の高松駅前に降り立った私は、まずは「讃岐うどん」を食べたかったのですが、

やはりお昼時、もしくは、夕飯時の営業時間ということで、ここでも、まだ讃岐うどんと・・

ご対面できずに・・高松を立ち、めざすは多度津へ・・と思ったけれど、まだまだ時間に余

裕があるため丸亀をめざして予讃線に乗りました。

丸亀といえば丸亀城・・石垣が美しいお城です。

まだ静かな朝早い商店街を通りぬけていくとちょっと小高いところに丸亀城がありました。

いろんな木々が並ぶ坂道を登り、特にいろは紅葉・・でしょうか?青々とした可愛い葉っぱ

がちょっと涼しげで美しい・・。

丸亀を降りた時、ここでもまだ、うどんやさんはOPENしてなかったので、駅近くのホテル

でトーストセットを食べました。朝食後、商店街を歩いて丸亀城へ・・。

商店街は通りの商店の方のお話では・・今、三分の一くらいのお店しか営業して

ないとか・・かなり深刻な状況・・と言えます。

日本の国は、きっとこんな通りがいっぱいあるんだろうな・・と思いながら、

なんでも新しいものがいい・・という流れできてしまった世の中や、一歩先へ一歩先への流

れで、今あるものを再生させられないでいるのかな~なんて考えながら・・

明日は我が身かもしれない街の変化を・・自分も少し感じながら歩きました。

途中、丸亀の特産品、団扇を、父に赤い達磨さんの絵柄のものを・・自分のは綺麗なお花

の型染めのものを購入しました。

そんなこんなで、丸亀を出て、少林寺への道・・多度津へと。

ここでは少林寺拳法については触れませんが・・というより詳しい知識はありませんし・・

兎に角、ひと夏を燃焼させるような競技が繰り広げられました。

キレがあるかないか?素人には見方もわからないところがあるのですが、「静と動」 「動

と静」を感じながら、ここに導かれたことに感謝して・・・

さてさて、ひと段落したので会場から出て、多度津を後にしたのでした。

目指すは、次の日に参拝予定の琴平へ・・参道沿いにある旅館に泊ることにして・・

この日はゆっくりすることにしました。

宿に入る前にようやく温泉卵入りハランボのてんぷら入り冷やしうどんをいただきました。

+ おにぎり二個サービスについちゃいました・・

宇和島のてんぷら少し焼いて食べるの・・大好きです。毎年お歳暮に知り合いから頂き

ます。おうどんのトッピングに・・とは思わなかった。

金毘羅さんへは・・

明日朝、太陽が高く登る前にお参りすることにしました。        つづく・・

七月の旅(香川へ)・・    その1

私はこの夏、生まれて初めて四国へ行くことができました。

四国と言うと・・瀬戸内海の青い海に浮かぶ島々や鳴門の渦潮、瀬戸大橋、

それから道後温泉、坊ちゃん、四万十川、桂浜、坂本竜馬・・・など数々のワードが頭に浮か

ぶけど、今回行ってきたのは、讃岐うどんで有名な香川県です。

実はこの旅の大きな目的は少林寺の試合を観に行くというものでした。

だから、この機会に恵まれたことに感謝・・

ホント、まさかJRに飛び乗り、夜行バスに揺られ、はるばる少林寺発祥の地である香川県

へ・・静かな多度津町へ出かけるとは、ほんの5日前位まではまだ決めてませんでした。

だから、全ての状況が「いってらっしゃい」と言ってるような感じがしてきて「それでは

遠慮なく・・」みたいな感じで・・旅立てたことはホントによかった~~

さて、そんなこんなで夜行バスに揺られ、寝台特急で帰ってくるという強行軍の旅ですが、

きっと、皆さんとは違ったゆとりを感じられるものではないけれど・・私にとっては

この日常生活から抜け出て気ままに歩いてみる・・っていうのが何よりシアワセを

感じられるので良い!のです。

なにしろ外は夜ですから瀬戸内海の青い海・・そして浮かぶ島々を車窓から見ることがで

きなかったのはとっても残念ですが・・

又の機会にいつか・・を楽しみにしたいと思います。

さて、お仕事を終え、JRに飛び乗った私はず~っと窓の外を眺めてたのですが、長い乗

車時間の為2冊も単行本を買って乗り込んだのですが、行きも帰りも最後まで本を開くこ

とはありませんでした。

電車が走り始めるとだんだん緑の多い景色に・・そしてバックは曇り空がいっぱいで

まるで雲の中を走っているような・・そんな感じで西へと滑りだして行ったのでした。

気がつくと空は突然黒い幕を引いていて・・ゴトゴトと名古屋に到着し・・

名古屋についたら「きしめん」を・・と楽しみにしてましたが、どこのお店も閉店時間でして

ファアーストフードか居酒屋さんを兼ねたお店くらいしか空いてなくて・・このさい

兼居酒屋さんへ入って、これまた、きしめんはないので、名古屋と言えば、名古屋コーチ

ンでしょう・・とレバーとももの焼き鶏、ジャコサラダとついでに梅酎ハイ1を注文し

気分よくバスに乗り込んだのでした。

なぜかお蕎麦をたのもうかどうしようか・・と思っているうちにラストオーダーになってしまい

ちょっとまだお腹にスペースを残して・・さあ、バスは出発しました。

周りを見回すと、ドーナツ枕みたいな首に巻くクッション持参のカップルさんがいたけど

これは、必需品ではないかと・・今回初めて夜行バスを利用して感じたことですが、この

クッション枕とリクライニングの使用がちょうどいい塩梅だと、結構、窮屈そうなこの旅も

数段アップしたものになるんじゃないかと・・

お時間とは反比例してリーズナブルなバスの旅路を思ったのでした。

今回よかった~と思うひとつに、いろんな交通機関を使って動いたこと・・バス・電車・レン

タサイクルなど・・

四国に着いてからも、ホームに列車の待ち合わせ時間で待っていると「瀬戸の花嫁」の

メロディーが流れいろんな型、いろんな色の特急電車を観ることができたのも

何だか、鉄道マニアの気分がわかるような気がして・・カラフルな頑張ってる電車が美しく

も、可愛くも思いました。

さてさて・・そんなで、翌朝、バスは高松駅に着いたのでした。             つづく・・

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