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2011年2月 8日 (火)

暦の本から・・雪の果て

●雪の果て

「み吉野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり」   新古今集 藤原良経

「節分過ぎて七雪」とは、江戸川柳だが、春の雪の別称に「小鳥殺し」「雁の目隠し」

「桜隠し」がある。予測がつかぬ自然界の変化は、生き物たちを常に当惑させる。

ついでながら、雪の降りじまいを「雪の果て」「雪涅槃」「終の雪」(ついのゆき)とも。

「終の雪ひとひら亀にのりにけり」      魚目

●事始め

事とは祭りの意味。

2月8日、高い竿を表に立て、その先に笊(ざる)などをひっかけて魔よけと厄払いに。

縁起をかつぎ「お事汁」をいただく習慣も。およそ500年前から始まった風習。

「江戸にてはおこと汁とて人参、ごぼう、こんにゃく、あずきなと入たる汁を煮るなり」

                                    諸風俗問状答

●針供養

2月8日。江戸時代の女性の年中行事。折れたり曲がったりした針を集めて供養する。

針子たちが晴れ着をまとい古針を神社などに供えた日。

「針供養 宗旨も知れず寺もなし」  江戸川柳

「針供養一日だけの淑やかさ」 現代川柳・小関はる子

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コメント

こんばんは。
昔は折々に行事があったものですね。
雪に名を送ったり、何かに良い縁起を求めたり、身の回りのモノを供養したりと。
あらゆるモノや事象に感謝して生きている姿勢を好ましいとも思うのですが、現代より人の命が儚かった時代ですから、もしかしたら、何かにすがる他に手立てがなかったとか、季節の行事に生を実感するといった切実で切ない背景があったのかもしれませんね。現代の人が忘れてしまった、他力で生かされているという意識の現れのような気もします。

快速特急様

こんばんは。
本当に、そうですね・・寿命も短かったし、自然と共に生きていたでしょうから・・。
現代みたいに、延命できる時代ではなかったでしょうし・・。
自然の恵みや畏れを感じながら、祈りのある日々を送っていたのでしょうか・・
風や月や雲や雪に自分の切ない想いを詠ったりして・・きっと、現代人より、感覚や感性も研ぎ澄まされていたのでしょうね。

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